泣語紹介
親子もの、祖父母もの、ペットもの、歴史ものなどなど。その一部をご紹介します。
●「二つの手紙」テーマ:母子
「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい!」
「お兄ちゃんがそんなことをしていいと思っているの?」
「お兄ちゃんなら分かるよね!」
何度言われたことか数知れない。小学校3年生の隼也は、先に生まれたことを後悔していた。 と同時に、3つ下の弟、竜太のことを嫌っていた。いたずら盛りの男兄弟。しかし毎度怒られるのは隼也だけ。一緒にしたいたずらも、竜太はいつもいかにも無理矢理誘われて仕方なくやったという顔をつくった。
あの日も、隼也はこっぴどく怒られた。 近所に住む「蒲郡(がまごおり)さん」にヒドイあだ名を付けて布令まわったからだった。
「どんな教育をしているの!」 「本当に申し訳ありません…」蒲郡さんは勢い良くドアを閉めて出て行った。
蒲郡さんが帰ると、母は二人に向き直った。 「どっちが言い出したの!」 隼也は竜太のことを指差した。今回ばかりは本当だった。 「おにいちゃん、あのおばさんゴリラみたいだよ。バカガマゴリラだ」 そう言ったのは竜太だった。 しかし、竜太は首を振って、黙っていた。 「嘘おっしゃい!また基でしょう!なんであんたはいつも!」 隼也の尻は叩かれ、赤く赤く染まった。
その夜、隼也はなかなか寝付くことができなかった。豆電球が一つ点いた子供部屋で寝返りを繰り返していた。 今度という今度は許せない。竜太が言い出しっぺなのに、なぜか、僕ばかり怒られる。 ちらりと隣に目をやると、すやすやと気持ち良さそうに眠る弟の寝顔がある。 なぜ自分だけが、こんな思いをしなければならないのか。 「お兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんでしょ、お兄ちゃんなら」 お兄ちゃんってなんだ?怒られる役か!?なんて損な役回りだ!
…つづく
●「祖父の腕」テーマ:祖父孫
先日、鼻毛に白いものが混じっているのを発見しました。
時の流れは残酷ですが、平等でもあります。それは人間にも物にも等しく訪れます。
9歳の時、埼玉県にある東武動物公園という遊園地のローラーコースター「クレイジーマウス」に乗りました。小さいながらも1回転するコースターで、ループの直径は8m。当時の私は、宙返りをするコースターが怖くて仕方なく、乗るのは一大決心でした。一緒に乗るのは祖父でした。祖父はことあるごとに私を怖がらせました。「ほらほら見てごらん、逆さになるよ」「これはしっかり捕まってないと大変だ、落ちそうだ」「悲鳴がすごいな!」
祖父にしてみれば、孫とのたわいのないコミュニケーションのつもりだと思うのですが、祖父が一言発するたびに怖さが増し、祖父の腕にしがみつく手に「ギュッ」と力が入りました。私は「おじいちゃんはなんで、こんなに怖がらせることばかり言うのだろう」と怒りすら抱きました。
列の先頭が近づくにつれて、ドキドキも最高潮になりました。「今なら引き返せる、まだやめられる」。私の恐怖心に反して、祖父はニコニコと相変わらず軽口をたたきます。「いやーすごい、スピードだな、迫力あるな」。私はイライラが募りました。
とうとう先頭がやってきました。もう後には引けません。私は乗車するとすぐに目をつぶり、時が過ぎることだけを願いました。その間も祖父の腕をしっかりと掴んでいました。
…つづく
●「引っ越し祝い」テーマ:ペット
「だから駄目なんだって、新しい家では犬は飼えないんだ、佳代だって、新しい部屋が欲しいって言ってたろう」
「イヤだ、桃ちゃんとくらせないんだったら、おへやなんかいらない」
「聞き分けの無いことを言うんじゃない。桃ちゃんは、ちゃんと新しい飼い主さんが幸せにしてくれるよ」
「イヤだイヤだ!おとうさんなんて、キライ!」
小学1年生の佳代と、子犬の桃ちゃんはいつも一緒でした。桃ちゃんが初めて家に来た時、佳代はまだ幼稚園でした。新しくできた友達に、佳代はすぐに心を開き仲良しになりました。
どこへ行くにも一緒。元気に走り回る佳代の後を、トコトコトコトコ、桃ちゃんはついて回りました。
一度佳代がスーパーマーケットの近くで迷子になったことがありました。その時も、お母さんよりも先に、桃ちゃんが佳代を見つけました。小さなシッポを振って元気に駆け寄ってくる桃ちゃんを佳代は大事そうに抱きしめました。
どんなに遊び疲れていも、どんなに寂しくても、どんなに悲しくても、佳代は桃ちゃんの毛皮に触れると、心がいっぺんにほんわか、あたたかくなりました。そんな、姉妹のように過ごしてきた桃ちゃんとの別れを、佳代は受け入れられませんでした。
…つづく